「日本に住む人の生活を豊かにしたい」という目的があると仮定する。
その目的を達成するために、ある人は、教師に、ある人は医者に、・・・、と様々な手段が存在する。 政治家も、その手段の一つと小谷田は考えるが、SARS-CoV-2に関する政治家の対応を見ていると、日本の政治家は、政治家になることが目的なんだ、と思わざるを得ない。
特措法の件も、国民の安全を目的とするならば、法解釈を変えることで直ちに対応可能と思うが、「法律を守ることが目的」となった活動の様に思える。国民の安心より法律が大切、と言うことですナ。
さらに、仮に法を守った結果手遅れとなり国民の安全が侵害されても、「法をまもっているのだから問題ない」、と保身のための布石を打っているのではないか、と勘繰ってしまう。 よく言われる国民不在の政治家保身ではないか、と。 米国は、国民優先で対応するために行動が速いが、日本はいつも国民が犠牲になる国と感じる。

さて、こんな話をした後で、今の自動車業界の電気・電子開発を見てみると・・・。
なぜ、機能安全規格ISO26262の準拠が求められているか、欧米のOEMが、Automotive SPICE レベル3達成を要件化しているか、これを考えてほしい。 本来の目的は、自らの開発活動及びその成果物が安全を担保した製品である、あるいは、ディペンダブルな活動の結果の成果物であることの説明責任を果たす、即ち、開発に関与した技術者を守ることである。 ところが、自動車業界に関与する輩の目的は、達成したと記載された文書を取得することが目的となっている(としか思えない)。 (何の意味もない)紙を会社の入り口に貼ることが目的となっている(としか思えない)。 その根拠は、紙を持った組織の活動を見るとプロセスもなく、リピータブルでなく、俗人的な活動を行い、結果、QCDが守れない(そもそも、QCD達成の実行計画がない)状況であるから。 その根拠は、開発の現場の技術者が説明責任を果たす活動を我々は実施している、との意識が全くなく、「あれは、暇な連中の活動結果ですヨ、小谷田さん」と話すから。 その根拠は、顧客から言われて活動を開始するから、また、顧客が言わなくなると自然消滅するから。

小谷田が2010年冬にISO26262を知った時に感じたのは、この規格の考え方は組込開発技術者にとり重要であると考え、誰から要求されたわけでもなく自らのプロセスに実装しドイツで発表し意見を得た。 チャントやるべきことをやってきた実績があるから言わせてもらうが、 「うちの子に限ってそんな悪いことはしない」ではなく、「俺の子だからこそ悪いことをする」と性悪説に従った活動をすることが重要であると小谷田は断言する。
そうでない輩は、「安全」を議論する資格は無い!
皆さん、ぜひ、日常の行動を見て、この目的は何だろう、目的を達成するための手段には何があるだろう、今の行動は最善な手段なのだろうか、と、考える癖をつけてほしい。 毎日が勉強です。