松下通信工業で最初に開発した件名は、気象庁海洋気象ブイのテレメータシステムの開発であった。それ以降、札幌市交通局、都営地下鉄、名古屋市交通局、東京都庁、成田空港、関西空港、関西電力・・・と、数多くのシステム件名や、松下通信工業のカーナビ(V700, V900, ・・・)、携帯電話、PanaのH264フルハイビジョンSDカードムービー及び自動運転の先駆けであるAHSに関与・参画してきた。
松下通信時代の官公庁開発(システム屋)、カーナビ開発(量産屋)ともに経験し求める品質の違いに翻弄されつつも常にお客様にとって有効か、の観点で仕事をしてきた。残業240Hも全く苦にならず普通で残業代のほうが基本給より高かった。
秘話を話し始めると星の数ほど開発実績があるので事欠かないが、サービスの企画、設計、実装、運用と、ありとあらゆる経験を行ってきた。
いつも言われたのは、「また、小谷田さん? 松下さんは技術者はいないの?」であったが、確かに、日立、NEC、富士通・・・と、各社担当者が夫々出てきたが、松下はいつも少人数で貴重な経験ができた。
当時は、Z80全盛期で、気象庁の海洋気象ブイは、ASMで2048サンプルのFFTを実現したりした。その後、68010になり、MTOS、ITRON、VxWorks等のOSを駆使して多くのサービスを皆様に提供した。
松下のカーナビがRaytheon社のサテライトナビゲーションシステムを真似したことを知っている人はいないだろう。この装置を米国から購入し、トヨタのマークⅡにヨット用ディスコーンアンテナを搭載し、GPSの位置情報がどの様に表現されるか、そんなことも実験した張本人である。
殆んどの開発は、0からの出発で苦しかったが楽しい経験であった。
これから、H.P.の使用方法と悪戦苦闘しながら記事にしていくのでお楽しみに。